素晴らしいパリ

パリのエレガンスと宝物への比類なきオマージュ



特別な機械仕掛けが息を呑むほど美しい舞台に息を吹き込みます。あなたの目の前で町全体が、空間と時間の境界を乱しながらその姿を変えていくのです。パリの象徴が次々と画面に写っては消えていく幻想的な逃避。

有名な Bluebell Girlsや Lido Boyによるリズミカルなダンスが、激しいリズムへと続きます。素晴らしく美しい羽で飾られた派手な帽子や荘厳な衣装が、きらきらと輝いています。アール・ヌーボーを違った角度から眺めてみてください、有名なエッフェル塔の下に足を運んでください、オートクチュールのファッションショーを堪能してください・・・

リドはパリのために身をふるわせる!


数字で示せば

2 百万粒のクリスタル
40 000 クリスタルが付けたシャンデリア
200 キロの羽
100m²のLEDスクリーン
300 台のスポットライト
35 人のコック
年間 300 000 シャンパン
45 種類の楽器から成る素晴らしいオーケストラ
年に500 000 人の訪問客
1 スケートリンク

企画担当者たち

クリエイターで演出家でもあるフランコ・ドラゴンは世界中を駆け回り、国際的なショーの世界で最も先鋭的な才能を集めました。
11人もの名高い企画担当者が、リドのチームと協力してその斬新な作品を考え出したのです。

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フランコ・ドラゴン クリエイターそして演出家

幼年時代からComedia Dell’Arteで教育を受けたフランコ・ドラゴンは若くして故郷のイタリアを離れます。彼はまずパリでゴーリエの教育を受け、その後ヨーロッパ中を巡りながら自身の才能を磨いていきました。キャンパス一座への入団が演出家への道のきっかけとなります。

約10年の間、団員の過激的な活動に熱心に参加し、ケベックでの冒険は1982年に始まります。シルク・デュ・ソレイユを立ち上げたばかりのギー・ラリベルテに見出され、フランコは作家兼俳優としてシルク・デュ・ソレイユの最初の10のスペクタクルに参加することになります。その内のいくつかの作品は、Saltimbancoや Ô で世界中において常に当時と同様な成功を収めています。平行して彼は、フランスでサーカス Archaos の創立に参加する事によって、《コンタンポラリーサーカス》に彼の知名度をもたらしました。

2000年に、彼はラ・ルーヴィエールに腰を落ち着けます。これが、《世界でもっとも革新的なスペクタクルを創造し見せる》という野心を掲げるエンターテイメント・グループ、フランコ・ドラゴンの誕生となるのです。彼はとりわけマカオでの ≪The House Dancing Water≫とラスベガスでのセリーヌ・ディオンの≪A New Day≫の考案者です。

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ブノワ・スワン・プフェー  振付け師

ブノワ・スワン・プフェーはパリに生まれ、ポルト・ド・パンタンの国立高等音楽ダンス学院でダンスを学び、その後ニューヨークのアルビン・アイレーダンススクールでダンス修行を続けます。

また彼は、同じくニューヨークで、2013年まで振付け師の才能を発揮し、シダーレイク・コンテンポラリー・バレエ団のダンサー16人の指導に当たります。彼の芸術観念と前衛的な精神はニューヨークの舞台に新しい風を与えます。

映画では、女優エミリ・ブラント ― マット・ダモン共演の映画 ≪L’agence≫ で華々しいプリマバレリーナを演じる ― の振り付けと指導の功績によって、2011年フレッド&アデル・アステア賞《最優秀振り付け》の分野でノミネートされました

振り付け分野では最高級模範の一人と見なされ、以降はリドの神話的舞台のために素晴らしい振り付けを創作しています。
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- ジェーン・サンスビー バレエ団指揮者

1993年にパリに来たイギリス出身のジェーン・アダミクは、レーン・シアター・アーツ・カレッジで教育を受けました。

彼女はヨーロッパ各地で上演される数多くのショーで踊り、ダンス教師も務めました。

リドでの彼女の冒険が始まったのは1993年、彼女がまだ22歳のときです。ブルーベル・ガールズとしてスタートし、その後ダンサー団の団長に任命されました。

ジェーンは昔からブルーベル・ガールズの魅力とキャバレーの魔法に憧れ、リドに入ることは彼女の夢でした。  
その願いが叶い、その後15年間ブルーベル•ガールズとして活躍しました。

今日、ジェーンはダンサーとしての豊かな経験を活かし、バレエ団指揮者としてリド・ドゥ・パリのアーティストたちを監督しています。

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ニコラ・ヴォドレ  衣装係

ニコラ・ヴォドゥレのキャリアは、ディオール、ルイ・ヴィトン、クリスチャン・ラクロワ、ジバンシィ、ジャン=ポール・ゴルチエなど世界で最も有名なファッションブランドでの経験で培われてきました。

これら一流ブランドのもとでの経験によって、今日の、彼の作品すべてに取り込まれている非常に個性的なスタイルを確立していったのです。

ニコラはスペイン風のデザインを愛し、現代と古典を結びつけ、素材を尊重しながら作品を創り上げていきます。

その若さと才能によって、ファッション界のトレンド推進者となっているデザイナーの1人です。
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イヴァン・カサール  作曲家

イヴァン・カサールは、 Claude Nougaro, Charles Aznavour, Céline Dion, Jean-Jacques Goldman, Patricia Kaas, Pascal Obispo, Michel Sardou, Florent Pagnyなどフランスや世界中の音楽の場で活躍する著名人と共に仕事をしてきました。

ピアニスト、オーケストラ指揮者の巨匠として、1994年から1997年の間は、Vangelis といくつかの計画を協力しながら進めていきます。例えば、アテネ陸上競技世界選手権大会開会式、ホセ・カレーラスやMontserrat Caballeとの曲収録などです。1996年に入ってすぐMylene Farmer (Mylenium Tour) とジョニー・アリディ(グランド・スタジアムツアー2003など)のショーの音楽監督、ディレクターになります。

同時期に、多くの映画やドキュメンタリーの挿入曲の作曲をしています。例えば、Visiteurs 1と2、テレビ映画 Jean Moulin 、ドキュメンタリードラマ L’Odyssée de l’Espèce の音楽。

世界中の音楽の熱狂的なファンである彼は、最高級のミュージシャン達と曲を録音しています。2007年9月には、Star Academy の審査員として公の場に姿を現しました。

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ソール  作詞家

2メートルの長身、ソールはその甲高い声によって人目を引く人物です。本名はバティスト・ラリュー。彼は演劇作家を目指すためにブリュッセルの演劇学院で学びます。ここで学んだ事によって、作詞作りに力をつけた彼の作品は、まさに精巧に練られた寸劇のようです。

二枚のアルバムを制作した後、ツアーに同行したドミニクA とベナバールという2人の才能あるフランス人歌手によってその地位が確固たるものとなりました。

チャーリー・ウインストンとの協力が新たな出発点となります。この共同制作によって、ソールにとって最初の情熱の対象であったアングロサクソン・ロックと著名な歌手ブラッサンスとゲンズブールらの歌を融合させたアルバム Géant が生まれ、そこでソールは新天地を開拓します。タイトルDusty Menと名付けられたアルバムでは、ソールとウインストンが溢れんばかりのグルーヴにのって二人の声を見事に合体させています。魅惑的なサウンドです。
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ジャン・ラバス  舞台デザイナー

ジャン・ラバスは、映画セット、ダンスショー舞台装置、オペラ、サーカスなど多分野に渡りその才能を広げています。

1996年に La Cite des enfants perdus で、セザール最優秀美術賞を獲得し、2001年にも Vatelで同じく賞を獲得します。

非常にパリ風な映画、フォーブール26や記憶に残るDelicatessen を含め、Vidocq から Asterix に至るまで、これらの賞の数々は彼の驚くべき作品経歴の集大成といえるでしょう。

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ジェイ・スミス  美術ディレクター

ジェイ・スミスはまさに《ライブ・エンターテイメント》のために生まれた人物といえます。

インディアナポリスのバットラー大学でダンスと演劇の勉強の後、彼はウォルトディズニーワールドで振付師兼演出家として仕事を始めました。

18年間に渡り勤め上げた彼は、園内でのスペクタクルやパレード、特別イベントなどを担当していました。

創作や制作の分野において国際的に長い経験を積んできた強みを持つ彼は、2010年にドラゴングループに加わり、現在では美術ディレクターを担当しています。
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ジャック・パカン  アクロバットの構成作家

30年以上前から重力に挑戦し続けるジャック・パカン。彼は「この仕事を覚えるには、練習あるのみ」と笑いますが、確かにその通りでしょう。

このような職業に就くためにいかなる学校も存在していないからです。ケベック出身の彼は、宙吊りのシステムのために彼の想像力と技術的能力を最大限に働かせ、文字通りの意味で、アーティストと小道具を宙に浮かばせるのです。ブロードウェイのショースパイダーマンの特殊効果の生みの親であり、1990年以降シルク・デュ・ソレイユの興行に参加しています。

一つの場面、演目の劇的効果を高める手段を絶えず求めており、各共同作品に自身の才能を刻み付けています。

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パトリス・ブゾンブ  照明家

照明家であるパトリスは、ツールで演劇の勉強後にこの職を見出しました。

フランスでプロの照明家達から着想を得た彼は、演劇やダンスにも映画特有の照明技術を利用したのです。彼にとってそれぞれのシーンは、光によって顔をいかにより良く映えさせることが出来るかという機会であり、そして常に目の表情を表すことを探し求めていました。

カンヌ映画50周年記念祭は、彼のその才能によって素晴らしい祭典となりました。
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パトリック・ネイ  映像企画担当

放送芸術学院卒業後、パトリック・ネイはフランコ・ドラゴンと共に猛然と仕事を始めると、ラスベガスで上演されたセリーヌ・ディオンのショー、 ≪A New Day≫のビデオ編集を担当しました。その後すぐに、ブリトニー・スピアーズの世界ツアー、さらに≪Holiday on Ice≫の ヨーロッパツアーに同行します。

まさに生きたスペクタクルの創造者であり、今度はパリのリドでその才能を発揮してくれる事でしょう。

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オリヴィエ・シモラ  演出アシスタント・ビデオ担当

グルノーブルの国立芸術学校、その後リヨンの国立高等音楽学校で学んだダンサーであるオリヴィエは、多くの有名な振付け師や演出家の下で腕を磨きました。

1995年以降 DCA のメンバーに加わり、すぐに劇団内で重要な地位を占めるようになります。

いくつもの作品にその功績を残す彼は、カンヌ映画祭50周年記念の祭典の制作にも参加しています。

映像作家、振付け師として、オリヴィエ・シモラは創造性に富んだ視点を提供してくれます。
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コラド・カンパネリ サウンドデザイナー

イタリア生まれのコラドは、19歳にして大型クルーズ客船の音響エンジニアとプログラマーとしてキャリアをスタートさせました。この仕事のおかげで彼は世界中を見て周りました。

次にロンドンに渡り、演劇、テーマパーク、観光アトラクションのフリー音響プログラマーとしてのキャリアをスタートさせました。

2009年、マカオで「ザ・ハウス・オブ・ダンシング・ウォーター」続いてタブーの製作で彼のドラゴンとの冒険が始まります。

2014年、ソチオリンピック・パラリンピックに際しては監督ダニエル・フィンジ・パスカと仕事をしています。

その後、2014年武漢でのハン ショーと2015年リド ドゥ パリでの「素晴らしいパリ(Paris Merveilles)」の製作で、再びドラゴンのもとに戻りました。


アーティストたち

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Bluebell Girls とLido Boys

Bluebell Girlsはパリジェンヌを見事に具現しており、そのセクシーなでソフィストケートされたイメージは全世界に知れ渡っています。1932年にマーガレット・ケリーによって設立された有名なこの一団は、1948年以来リドの舞台を毎晩燃え上がらせています。12人のLido Boys Dancersと目を見張るような舞台装置に囲まれて、40人以上のチャーミングでエレガント、そしてグラマーな彼女達は、他には類を見ない魅惑的な演技を見せてくれます。

「ボーイズ」のダンサーたちもショーの魅力のカギです。振り付け師が彼らのために特別に振り付けした演目でアポロたちが輝きます。ダンサーたちのたくましく、セクシーなシルエットと堂々とした身のこなしをご覧ください。

それぞれのアーティストはバレエの教師によって、非常に厳密な基準に従い慎重に選抜されます。ダンス技術、芸術的資質、人格、肉体的均整など・・・何一つ見逃されることはありません。この厳密さが、一団の名声に大きく貢献しています。特に身長について言えることですが、これは非常に重要なポイントなのです。Bluebell Girlの身長は必ず1.75m以上、Boyについては1.83m以上が必須条件になっています。

70年間に渡って踊られ続けているラインダンスですが、リドでは優雅さ、正確さ、どのような状況も耐える事のできるエネルギーなど、Bluebell Girlsの基盤となる要素は確保したまま、常にこのダンスの改革に取り組んでいます。ショーや世界的なミュージックホールの歴史において、今日に至るまで超えるもののいない力強さです。いつでも観客の皆様の喜びを第一に考えているからです。

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​マノン 女性歌手

南仏出身のマノンは、9歳の時、フランスのテレビ番組Graines de star(スター誕生)に初めて出演しました。

その後、音楽学校でミュージカルコメディの養成を受けます。そして2014年に、オーディション番組「ザ・ヴォイス」の準決勝に進出したことで、世間の注目を浴びました。

浮いたルックスと派手なヘアースタイルで、10曲ほどの歌をライブで演奏します。

彼女のメゾ・ソプラノの声を端的に表現するならば、ただ「すごい」の一言です。

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You and Me(ユー・アンド・ミー) 曲芸師

東ヨーロッパ出身の2人。彼はサーカス学校、彼女はバレエ学校でそれぞれ学びました。イゴールとユリア(それぞれ27歳と25歳)は、まだお互いがティーンネイジャーだった時代に、舞台の上で出会いました。

2010年に明日のサーカス国際フェスティバルのために、You and Me(ユー・アンド・ミー)というユニットを組み、それ以来世界中でツアーを行っています。

バランスパフォーマンスアクロバットを兼ね揃えた2人。力強さと官能を織り交ぜたLidoでのショーに圧倒されること間違い無しです!

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マンスール ダンサー

ガール県のアレスで生まれたこのフランス人の若者は、7歳の時からダンスを始めました。

ベリーダンサーの母、プロのヒップホップダンサーである兄を持つ彼の才能は、血筋だといえるでしょう。この兄によって、マンスールはアーバンスタイルのダンスに興味を持つようになります。彼は、パリのシャイヨー劇場やシドニーのオペラハウスの舞台上でマドンナのバックダンサーとして、さらにマイケル・ジャクソンのスペクタクルで主役を務めるなどの活躍を見せています。

彼にとって新しい冒険。このキャバレーの仲間入りをした彼は、息を飲むようなヒップホップショーを披露してくれます。 

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ソレーヌとマキシム スケーター

ソレーヌは、Holiday On Ice(ホリデー・オン・アイス)のソロダンサーとしてプロ活動を開始しました。

一方、アイスダンスの国際トロフィーを二回獲得したマキシムは、1992年、アルベールヴィルのオリンピックの際にプロへの転向を決意し、フィリップ・デクフレの指導を受けるようになります。

スケート界の2人のスターは2009年に出会い、2011年には息のあったカップルとしてLidoに登場。

観客達のすぐ目の前、長さと幅が7mのスケートリンク上で、彼らの新しいダンスはショー全体を通して力強さと速度を増していきます。氷の上に炎が舞います。

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Lucky Hell(ラッキー・ヘル) 剣を飲み込

オーストラリア人として生まれ、結婚によってフィンランド人となったLucky Hell(ラッキー・ヘル)は、剣を飲み込むという一風変わった芸の持ち主です。

以前は、ディタ・フォン・ティースと舞台を共にし、最近ではマカオのTabooの舞台に出演していました。

そして遂にここLidoでハラハラする観客達を目の前に、このタトゥー美女がショーを披露してくれます。